私達は長岡秀星の功績を後世に伝える為、保存しています。
長 岡 秀 星 (ながおか しゅうせい、1936年11月26日 – 2015年6月23日)氏は、
日本のイラストレーター・画家。
宇宙やSFをイメージした作風。
面相筆とエアブラシを駆使して精巧に描き上げる技法で、レコードジャケットのアートワークをはじめNASA、
自動車会社、航空会社などナショナルクライアントのイラストも多数手がけ、国際的に活躍した。
〇1936年、長崎市に生まれる。1945年、長崎市山里国民学校在学中に長崎県壱岐郡郷ノ浦町へ転校。中学・高校と原爆投下前に疎開した壱岐島で暮らす。
〇1955年、壱岐高校3年生の時、小学館発行『中学生の友』の挿絵に送稿し採用される。武蔵野美術学校に入学するが、入学1ヶ月後に雑誌、出版物の仕事を始める。1958年、武蔵野美術学校を退学し、コマーシャルアーティストとして独立する。1963年に徳子夫人と結婚。1967年、大阪万博準備グループに参加する。
〇1969年、妻の兄嫁の母から名をもらい長岡秀星をペンネームとする。
〇1970年、アメリカに移住、ハリウッドにアートスタジオ「デザイン・マル」を設立する。雑誌『ウエストマガジン』の表紙を担当した後、アルバムカバーや映画広告の仕事を手がける。カーペンターズなどのレコードジャケットも担当し、1976年『ローリングストーン』誌最優秀アルバムカバー賞を受賞する。1981年初頭に、画集『長岡秀星の世界 パート1』が出版、同年に新宿伊勢丹で「長岡秀星展」が開催された。また、株式会社ナムコからの依頼で『ボスコニアン』のポスター等も手がける。同年11月16日に、ドキュメンタリー番組『NHK特集 喜多郎&秀星 砂漠幻視行』が放映される。
〇1985年、画集『長岡秀星の世界 パート2』を出版。つくば科学博覧会の公式ポスターと政府出展館の展示物の制作を行う。故郷の長崎県関連の観光ポスターや壱岐焼酎「壱岐っ娘」(壱岐の蔵酒造)のラベルのイラストも手がけた。また、日本人初の「宇宙特派員計画」のための作品を制作し、1991年にTBSの宇宙特派員秋山豊寛がソビエト連邦の宇宙ステーションミールに作品を持参した。同年に銀座三越で「宇宙讃歌展」が開催。
〇2004年までアメリカを拠点に活動し、アメリカでの顧客として、ゼネラルモーターズ、フォード、クライスラー、フォルクスワーゲン、ロッキード、リーダーズダイジェスト、NASAなど、大手有名企業の名前が挙がる。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より

作品名「I am」
(1979年)
作品名「MunichMachine」
(1977年)


作品名「AC-15_NewHorizon」
作品名「AC-25_StarTrek」


作品名「MS-29_CentralCity」
作品名「MS-29_CentralCity」


作品名「PO-13_Expo’85」

作品名「All ‘N All」(1977年)